活字と越冬

怠けながら楽しく生きる invest energy in pursuing laziness

「鬱屈精神科医、占いにすがる」を読む

どうも三度の飯より本が好き、越冬です。

ジャンルにカンケーなく読んだ本を好き勝手に自分の解釈で語っていくだけのエントリです。

本なんて読んだとき「自分にとって救いになるような文章が一行あった」ってだけで、もう儲けモンだと思うんですよ

おもしれーと思った箇所は引用しながら語っていきます。

しばし、お付き合いください
m(_ _)m

今回読んだのはこちら。

鬱屈精神科医、占いにすがる

鬱屈精神科医、占いにすがる

そもそもこの本を読もうと思ったのはこの記事を読んだから。

pha.hateblo.jp

最近、春日武彦『鬱屈精神科医、占いにすがる』という本を読んだ。
これは精神科医の春日先生が、六十を過ぎたくらいの年齢でどうしようもなく塞ぎ込んで鬱屈としてしまい、それを解消しようと精神科医的にはタブーでもありそうな占い師に助けを求めたり、精神科医と占い師の類似点や違いを考察したりしながら、ひたすら自分の内面を鬱々と掘り下げたりするという本で、私小説のようなエッセイのような変な本なのだけど、とても面白かった。

ひたすら鬱々と自分のことを書いてるだけなのになんで面白いんだろう
僕もこういうのを書きたい。

phaさんは著書やブログで結構本の紹介をしてくれるので、好きだ。

「小説のようなエッセイのような本」って一体どんな本だ?
と思いまして、気になったのでAmazonでポチった。

読んだ感想としては
「60過ぎのじいさんが自分の辛みについてくだくだ〜っとずっと語っているだけ」
それなのに「読ませるし、面白い
といった感じだ。

(p2) 不安感や不全感や迷い──そういった黒々として不透明なものが心の中に広がってくると、耐え難い気分になる。我慢にも限度があるし、努力で乗り越えられるくらいならばそもそも問題にならない。無力感と苛立ちとよるべなさに、打ちひしがれる。

冒頭はこんな感じで始まるのですが、最初から暗いし鬱々としていますねw

こういった鬱屈を乗り越えるべく、筆者は文学に救いを求めます。

(p4) こんなときのためにこそ文学が存在しているのではなかっただろうか。そう、だからわたしは学生時代から詩や小説に期待してきた。具体的に自分の気持ちをコントロールする上手い方法があろうなんて思ってもいないけれど、せめて自分と似たケースと作品の中で出会ってみたかった。あるいは、自分と同様の気持ちのありようや心象風景を言葉で言い表すとどうなるのか、その実例を示してもらいたかった。  

そうそう、普段自分が悩んだりモヤモヤしていることが本の中で具体的に言語化されていたりすると、「あー、オレが落ち込んでたのってこういう理由だったのね」みたいに自分を客観視できたり、「ああ、オレ以外にも同じようなことで悩んでいるやつがいっぱいいるんだよなあ」ということが自覚させられるんですよね。本を読んでそういう体験をすると、また本が読みたくなるだよな。

ところで、著者の春日さんは本書のなかで、いろんな本の一節を引用してくれています。
本の中でまた別の本を紹介してくれると、次に読みたい本につながるので、個人的にはありがたい。

文学では救いが訪れないので、占いに手を出そうとする。
その場面でフランスの詩人アポリネールの小説が引用される。

(p18) アポリネールの短篇に「贋救世主アンフィオン」という小説がある。
その中に〈ロマネスクな葉巻〉と題された章があって、ドルムザン男爵がハバナ産の葉巻の箱を開けたときの感想が書き記されている

夜になってその蓋をあけたとき、おれはすばらしい葉巻から発散してくる香りに、とてもうれしくなった。
おれはそれを、兵器庫に整然と並べてある魚雷にくらべた。
平和の兵器庫だ!  
退屈との闘いのために夢が発明した魚雷だ!

この一節を、カッコイイと心の底から思った記憶がある。さすがに詩人だ、うっとりする言い回しじゃないか。さてそのいっぽう、わたしには運命を司る神と闘うためのガジェットが必要だった。(中略)そのとき思いついたのが、占い師だったのである。

たしかにこのアポリネールの葉巻を魚雷に喩える文章は、シビれますね!
(若干、中2病ぽいけどそこがまたイイ!)

いやー、でもねこういう風に「俺は苦しいんだ。救われたいんだ。」
ってトーンでずーっと最後まで文章がブッ続いていくわけなんですよ。
そうなるとね、著者の経歴が目に付いてくる。

だってこの人お医者さんですよ。
精神科医。
医大を卒業して、かわいいナースの奥さんもいて、自分の著書も40冊以上出してる。
フツーに考えて幸せだろォ?!
高給取りだし、文筆家としても成功している。一体何がそんな不満なのだ。


こちとら中卒で彼女もなく手取りは20万にも満たず鬱々とブログを更新しているだけの男ですよ。
勝手に嫉妬しちゃって、著者の境遇が心底うらやましいな、と思ってしまいます。

だからフツーは読んでる途中で、「なんでこのおっさんはこんな高級な悩みを開陳して悩んでいやがるんだ。おれの悩みのほうが海より深いぞ。ちくしょー」となるはずなのですが、そうならず最後まで読めたのは、春日さんが自分の弱さだとか、自分のダメ人間さをちゃんと認め、それを客観視して綴っているから。

(p87)わたしは嫉妬深いのである。我ながら品性を疑いたくなる。他人の成功や栄誉は実にもうクソ面白くない。素直に褒め称えたり、祝福することができない。ああ、オレは最低だなと思いつつ、表情が強ばる。たとえ自分が関与していない分野であろうと、他人がスポットライトを浴びること自体がムカつく。
(中略)嫉妬なんかしてどうなる、他人の幸福を心から祝福し得るようでなければ人生など惨めになってしまうに決まっているではないか。他人が勝ち、自分が負けたように感じて相手を憎むなんて人間として最低だよ。自分で自分の人生を汚しているだけじゃないか。そんなことはわかっているのである。でも駄目なのだ。うんざりする。嫉妬深さには、自分自身でほとほと手を焼いてきた。辟易している。どうしてオレはこんな下品な精神の持ち主なのか。

こんな感じの妬み嫉みがところどころで挿入されるので、このようなエリートの方でも悩むレベルは私のような庶民と大して変わらないのかもしれないな、と妙に納得してしまうのです。

読んでいくなかで途中大正時代の文化人が突然紹介されたり、幼少期の母とのエピソードに急に飛んだり、読んでいく中で思考がいろんなところへワープしながら揺れ動いていく感じが読んでいて心地よかったです。

良い読書体験でした。